『 千年に思いを馳せる 』

2017年3月12日(日)
詩編8編 第2ペトロ3:8-14

東日本大震災からまる6年。「何かしたい」という思いを持つ人は多い。しかしなすべきことはあまりにも多く、一人の人間に出来ることはあまりにも少ない。祈ること、献げること、出かけること、手伝うこと、想い起すこと、忘れないこと…。

ひとつ具体的な提起をしたい。原発事故により避難しておられる家族が全国すべての都道府県におられる。その人たちへの差別やいじめが後を絶たないという。私たちにできる具体的なこと、それは「そのいじめをなくそうとするひとり」になること。子どもたちや身近な人々に「そのようないじめはよくないと思うよ」と言えるひとりになること。それは「その気」になれば誰もができることだ。

今日はそのような具体的なこととは少し違う話をしたい。

6年という月日、それは小学校に入学した子どもが卒業する年月だ。はるかな時間が経過したという思いの人もいるだろう。遅々として進まない復興にいらだちや絶望を感じる人もいるかも知れない。私たち人間は「時間」という軸に基づいて世界を眺め、そして一喜一憂して生きている。

そんな人間だからこそできる現実との向き合い方がある。それは時間の軸(尺度)を大きく伸ばして物を見、考えるということである。「自分」というひとりの人間としての尺度から見れば、6年は長い。人の一生、80年、90年となればなおさらの長大な時の重なりだ。しかし、宇宙の歴史から見ればほんの一瞬の出来事なのかも知れない…そんな時間のとらえ方だ。

「千年と言えども、御目には一夜の出来事」(詩編90)、「主のもとでは一日は千年のようで、千年は一日のようです。」(第2ペトロ3:8)。クロノス(客観的時間)ではなく、カイロス(主観的時間)を大きく取って「永遠のまなざし」で物を見る…それは宗教の得意分野だ。

福島の放射性物質の処理や、事故を起こした原発の廃炉に、今後数百年もの年月が必要だという。しかし「永遠のまなざし」から見れば、それはほんの僅かな時間でしかないのかも知れない…。「だから大したことない」と言いたいのではない。「永遠のまなざし」が私たちの痛みの現実を「取るに足らないもの」と扱うならば、それはまさに「宗教はアヘン」ということになるだろう。しかしそういうことではなく、「永遠のまなざし」は、現実の苦しみの中に沈み込み、行き詰まりや絶望感に打ちひしがれている人の心に、別の角度から光を当ててくれるものとなるのではないか。

「一日を愛し、一年を憂い、千年に思いを馳せる」(桃井和馬)。
目の前の現実に憂いを感じてしまう私たち。しかし「千年に思いを馳せる」、その永遠のまなざしに触れた後、再び現実に向き合ってみたならば、そこに愛すべきいとおしいことがあそこにもここにも見えてくる…。そのようにして、神に祈る心の視座は私たちを新たな世界へと導いてくれる…そのことを信じよう。

3.11.を契機にひとつの歌を作った。あの震災の夜、東北随一の大都市・仙台では、全戸停電になったために真っ暗な夜が広がり、普段では見えないような満天の星空が見られたという。いまこの時の地上の惨劇と、太古の昔からある天上の美しい星空… そのコントラストを生涯忘れ得ぬ思いで眺めていた人々…。詩編8編の言葉とも相俟って着想を得た歌、『満天の星』を今日のメッセージの締めくくりとしたい。

 
満天の星 ← クリックすれば動画見れます(Youtube)

大昔、この星が生まれ
すべてが炎につつまれていた あの夜も
雨が降り 海が生まれ
最初の小さないのちが目覚めた あの夜も
鳥がいこい 獣がやすみ
森が小さく枝をゆらした あの夜も
火を手なずけた人間が
夜の闇に明かりを灯した あの夜も

満天の星 そこで見つめてる
満天の星 変わらずにそこにある
満天の星よ そっちはどうだい?
オレたちの星は どんなふうに見える?

大地が激しく揺れ
大きな波が街をおそった あの夜も
寒さにふるえ ただ身を寄せ合い
ひたすら夜明けを待ち続けた あの夜も
電気を作る工場が破壊され
見えない不安が、恐怖が広がった あの夜も
すべての明かりが消え
深い深い暗闇が世界をおおった あの夜も

満天の星 そこで見つめてる
満天の星 変わらずにそこにある
満天の星よ そっちからどう見える?
オレたちの星は まだ やっていけるのかい?

これから始まる苦しみの時代に
それでも生まれ落ちてくる赤ん坊の姿を
ウソで塗り固めた世界を
なぜか守ろうとする 愚かな男たちの姿を
人間が汚した大地を
ゆっくりと浄化しようとしている この星の姿を
いつかやがて寿命がきて
すべての働きをおえるであろう この星の姿を

満天の星よ そこで見てておくれ
満天の星よ 変わらずそこにいておくれ
満天の星よ すべてをつつんでおくれ
満天の星よ…

 
(東日本大震災を覚える礼拝)