『 私たちの世界の隅々まで 』

2025年11月23日(日) CS合同収穫感謝礼拝
エフェソ2:14-16

今年も収穫感謝の礼拝をみんなでささげます。収穫のために必要な太陽の光、雨の水、土の力. . .それらを造られた神さまに感謝しましょう。また土を耕し種を蒔き、作物が実らせる働きや、それを近くに運ぶ働きを担う人々の働きにも感謝しましょう。「お金さえ払えば、食べるものは何でも手に入る」という思い上がった考え方は改めましょう。

収穫感謝礼拝では毎年、伊藤さんの農場で採れた新米のおにぎりをいただく「わかちあいのとき」を持っています。毎年楽しみにしているとても豊かな時です。今年も収穫の喜びを身体全体で感じましょう。

先日共愛小学校の皆さんが教会を訪問してくれました。その時の「質問コーナー」で、「じゅんさんにとって平和とはどんな状態ですか?」という質問がでました。僕は「戦争がなかったとしても、いじめや差別や暴力があるところは平和とは言えないと思う。みんなが笑顔で一緒にご飯を食べられる“みんなにこにこ、ごはんもぐもぐ”それが平和じゃないかな」と答えました。

「キリストは私たちの平和です」-今日の聖書の言葉です。「イエスさまの十字架は私たちの敵意を滅ぼしてくれた」とも書かれています。こんな風に言うと、「え?でも現実は違うじゃない」と思う人もいるかも知れません。確かに、今も世界には戦争の現実があります(ウクライナ、パレスチナ)。どうして人間は戦争をするのでしょう?

類人猿の研究をしている人から聞いた話です。「チンパンジーは、仲間同士で争い、殺し合うこともある。しかしよく似たボノボという種族は、争いが始まりそうになると乳繰り合って回避する。チンパンジーがオスを中心に力による支配をするのに対して、ボノボはメスを中心に、アイコンタクトによって共に暮らしている。人間の心の中にはチンパンジーとボノボの気質が受け継がれているのです。」

チンパンジーの気質が強い人が戦争を起こすのかも知れません。兵器の発達とともに破壊力が激増した現代においては、心の中のボノボを大切にしたいものですね。

平和を感じる時とはどんな時でしょう?「みんなにこにこ、ごはんもぐもぐ」それは確かに平和ですね。他にもいろいろ考えられます。「いっしょに歌う時」「いっしょに笑う時」、そんな時私たちは心に平和を感じます。怖い顔をしている人の握りこぶしを開かせるのは、とびっきりの笑顔と、握手を求めて差し出された手です。そんな平和な世界を、まずは自分の身の回りから始めていきましょう。

けれども、自分の周りだけ平和になればそれで満足、というのでなく、それが世界の隅々まで行き渡ることを願いましょう。「世界がぜんたい幸福にならなければ、個人の幸福はない」(宮澤賢治)。そんな思いで、イエスさまの愛された平和が広まることを願い祈り行動しましょう。


キリストの平和が
わたしたちの「世界」の
すみずみにまで
ゆきわたりますように

(こどもさんびか34 一部歌詞替え歌)。