2016年11月20日(日) 収穫感謝CS合同礼拝
申命記26:5-11
今日読んだ申命記の箇所は、旧約聖書の最初の収穫感謝のことが書かれているところです。エジプトの奴隷の生活からモーセによって解放され、自由を得たイスラエルの人々は、新しく移り住んだカナンの地で採れた最初の収穫を神さまに献げ、感謝を祈りました。
教会では11月のアドヴェント前の日曜日が収穫感謝の日です。今日、私たちの教会でも収穫感謝の礼拝をささげています。これはアメリカの感謝祭(サンクスギビングデー)から来ています。
感謝祭が祝われるようになったのは、アメリカの歴史が大きく関わっています。もともとアメリカ大陸は人がほとんど住んでいない広大な土地でした。そこにヨーロッパなどからいろんな人が移り住んできて、今のような大国になったのですが、最初の移民がやってきたのは1620年のことでした。
当時ヨーロッパのあちこちで、ピューリタンという人たちが信仰を理由に迫害されていました。彼らもクリスチャンだったのですが、信じ方が少し違うために弾圧されたのです。それで自由な新天地を求めてアメリカに渡る決意をしました。
今のような便利な時代ではありません。60日以上にも及ぶ航海の末、ようやくたどり着いたアメリカ大陸。でも季節は冬でした。底をつく食料と寒さの中、次々に人が倒れて亡くなりました。ピューリタンたちは途方に暮れて絶望するしかありませんでした。
そんな彼らに助けの手を差し伸べたのが、アメリカ先住民(ネイティブアメリカン)の人たちでした。食べ物を与え、家を作るのを手伝い、春になると作物の種を分け栽培方法を教えてくれました。そのおかげで翌年の秋には豊かな収穫を得ることができました。
ピューリタンの人々は初めての収穫を感謝する礼拝を行ない、さっきの申命記の聖書を読んで祈りをささげました。「あなたの中の寄留者(=よその人)も共に祝いなさい」という言葉があります。その言葉通り、ネイティブアメリカンの人を招いて彼らにも感謝をささげ、共に収穫を祝いました。「みんないっしょに」収穫を祝ったのです。
しかしその後のアメリカの歴史はどうだったか?というと、多くのヨーロッパ人がお金儲けのためにアメリカに渡り、ネイティブアメリカンの人たちと戦って彼らから土地を奪っていきました。初めの年とはあまりにも違う姿ですね。
今、私たちの世界は、自分たちとは違う人々を排除し富をひとり占めする方向に進みつつあります。でもそれは神さまの望まれる姿ではありません。最初の年のような「みんないっしょに収穫感謝」そんな思いを抱いて共に生きること。分かち合うこと。それこそが神さまのみこころなのです。
(こども・おとな 合同礼拝)