2023年10月8日(日) CS合同音楽礼拝
ルカ17:3-4,フィレモン8-12
新島学園聖歌隊の皆さんのハンドベルの演奏を聴きました。何人もの人が力を合わせて、一つの身体になって演奏する楽器です。ひとりだけ上手い人がいても成り立たない、協力することが必要です。
演奏を間違えないためにはお互いの音をよく聴くことが大切です。しかし聴き過ぎてはいけない。「ひとりがコケたら、みんなコケた」となりかねません。隣の人が間違えても、自分は間違えずに打つ…そんな「もたれ合わない自立心」も大切です。「人と協力し、互いの音(声)を聞きながら、でもしっかり自己主張もする」…なんだか人間同士の生きる姿にも似ていますね。
演奏において大切なことは?「チームワーク」…もちろんそれも大切です。「責任感」「完璧を目指す心」それらも必要でしょう。でももう一つ、「赦し合うこころ」も必要だと思うのです。どんなに完璧を目指しても、必ずミスはあります。その時に、ミスした人を責めるのではなくて、赦し合って「もう一回やろう!」と気持ちをリセットすることが、チームワークを作り上げるのに必要なことです。
イエスさまは「兄弟が罪を犯し、悔い改めたなら赦してあげなさい」と教えられました。1回だけでなく、7回でも赦しなさい、と言われるのです。7回も赦すことは難しいことです。でもだからこそそれは、「共に生きる」ためには大切な心だと思うのです。
イエスさまのことを世界に伝えたパウロは、弟子のフィレモンに手紙を書きました。その手紙の内容は「オネシモのことを赦してやってほしい」というものでした。オネシモは、元々はフィレモンの「奴隷」でしたが、自由になりたくてフィレモンの家を逃げ出しました。その時に、フィレモンの財産の一部を持って出てしてしまったのです。
けれどもオネシモは、あちこちをさすらった挙句、パウロの元にたどり着きました。昔フィレモンの家にいた時にパウロから聞いたイエスさまのお話が心に残っていたからかも知れません。そしてパウロの元でその伝道活動を支える働きをするようになったのです。
そのオネシモをフィレモンの元に送り帰そう…パウロはそう考えました。「以前は役に立たない者でしたが、今は私の元で役立つ者になってます」(11節)「何か損害や負債があったら、私が払います」(19節)「だからオネシモを私だと思って迎えて下さい」(17節)…そのようにパウロは記しています。
「どうか、オネシモのことを赦してあげてください」…師匠であるパウロが、弟子のフィレモンに、命令するのでなくお願いしているのです。互いに赦し合うことが大切だとパウロは教えているのです。なぜそのことが大切か?それは私たちも神さまに日々の罪や過ちを赦されているからです。本当に赦された喜びを知る人は、人を赦すことのできる人になれるのだと思います。