「 死ぬ日まで天をあおぎ 」

2025年2月16日(日)
イザヤ30:18-21, 使徒言行録5:27-32

今日(2/16)は、尹東柱(ユン・ドンジュ)という朝鮮人クリスチャンの詩人の命日である。今から80年前、日本が朝鮮半島を植民地支配していた時代に、朝鮮から日本に留学し(立教、同志社)、「治安維持法違反」により逮捕・投獄され、日本の敗戦の半年前に、獄中で27歳で亡くなった人だ。

当時、日本国内に他にも多くいた朝鮮人留学生の中には民族独立運動に関わる人もいた。日本国家は彼らを「不穏分子」として弾圧した。尹東柱は特にその運動に深く関わっていたわけではなかったが、疑いをかけられて逮捕された。それは彼の書いた詩が朝鮮の文字・ハングルで書かれたものだったからだ。

当時は朝鮮でも学校や公の場では日本語が使われ、ハングルの使用は禁止されていた。日本国家は朝鮮の人々から言葉を奪ったのだ。そんな中、尹東柱は祖国への思いや哀しみを詩にしたためた。自分の本当の思いを込めるには、日本語では無理だったのだ。尹東柱は民族の誇りを込めてハングルで詩作を重ねた。そしてそのことが理由で逮捕・・投獄されて、27歳で獄死したのである。

そのままだったなら、彼の存在は歴史の片隅で忘れ去られただろう。ところが生前彼が自分で作った詩集が友人からその母親に手渡され、彼女はそれを蝋紙にくるんで床下の甕に隠しておいた。戦後それが発見され、「民族弾圧の時代に、ハングルの詩作を続けた抵抗の詩人」という形で再評価された。多くの詩集が刊行され韓国では教科書にも取り上げられた。それで韓国では多くの人が尹東柱のことを知っている。日本でも彼が学んだ同志社大学には尹東柱を記念する詩碑が建てられた。また没後80年にあたる今年には名誉博士号が贈られている。

尹東柱の生涯を見て感じることがある。彼は「生き延びるよりも、本当に生きることを選んだ人だった」ということだ。生き延びる方法はあった。ハングルでの詩作などしなければよかったのだ。しかしそれは彼にとって民族の誇りを手放すようなものだった。彼はハングルでの詩作を続け「本当に生きる道」を選んだ。そしてそのために日本の国家によって殺されたのだ。

今日の箇所は初代教会の人々が、律法学者たちから「あの名(イエス)によって語ってはならぬ」という禁止命令を受ける中で、「人に従うよりも神に従うべきです」と答えた場面だ。神に従う道、それは人間の救いのために十字架への道を歩まれた、イエス・キリストの福音を伝えることだった。

イエス・キリストもまた十字架への茨の道を歩まれた。避けようと思えば避けられたその道を、イエスは歩まれた。それがイエスにとって「本当に生きる」ということであり、人々の救いのために必要なことであったからだ。

イエスも尹東柱も私たちに問いかける。「あなたは本当に生きようとしていますか?」と。その問いをしっかり受けとめ、私たちも「本当に生きる歩み」を目指したい。

序 詞  尹東柱

死ぬ日まで天(そら)をあおぎ
一点の恥ずることなきを
葉あいを縫いそよぐ風にも
わたしは心痛めた

星をうたう心で
すべて死にゆく者たちを愛おしまねば
そして私に与えられた道を
歩みゆかねばならない
今宵も星が風に ― むせび泣く

(同志社詩碑建立委員会訳)