『 こころ開いて迎えましょう』

2019年12月15日(日) CS合同礼拝
ルカ2:1-8、ヨハネ黙示録3:20(12月15日)

イエスさまはユダヤのベツレヘムでお生まれになりました。しかも宿屋の客間ではなく、牛や羊が眠る貧しい家畜小屋で生まれたのです。どうしてそんなところで?人口調査のため旅人が多くて、客間には泊まる場所がなかったからです。「ウチはだめだよ!(困ってる?)関係ないよ!」そういう宿屋さんが多くて、なかなか泊まることができませんでした。

でも一軒だけ、「客間はないけど家畜小屋なら空いてますよ」と扉を開けてくれたところがありました。おかげで貧しさの中ではあるけど、イエスさまは無事にお生まれになりました。扉を開けた宿屋さんがいてくれたおかげです。私たちも時々「ウチはだめだよ!関係ないよ!」と言って、困ってる人・助けを求めている人に対して、扉を閉ざしてしまってはいないでしょうか?

中村哲さんという人がいました。「ペシャワール会」という会の代表で、パキスタンやアフガニスタンの人々、戦争でとても大変な日々を送っている人たちを何とか助けようとしていたお医者さんです。でもとても残念なことに、先々週、テロリストによって殺されてしまいました。

中村さんは医者として治療活動をしながら「もっと他に大切なことがある」ということに気付きました。それは戦争で荒れ果てた大地に緑を蘇らせることです。作物が採れないために争いが起こっていたのです。大地を豊かに実らせる。そのためには水が必要です。中村さんは自分でショベルカーの運転などもして、アフガンの人たちと一緒に水路の建設を始めました。「100の診療所よりも一本の水路を。」「武器よりもいのちの水を。」中村さんの言葉です。

国のあちこちで緑が復活し、収穫を得ることができました。多くの人々は中村さんに心から感謝をしました。殺害された時には世界中でたくさんの人がローソクを灯して悲しみを表していました。中村さんは助けが必要な人を目の前にして、「ウチはだめだよ、関係ないよ!」と言って扉を閉ざさなかった人です。もう生きた姿で会うことはできませんが、中村さんの志は、多くの仲間・支援者によって引き継がれていくことでしょう。そのようにして中村さんの「いのち」はいつまでも生き続けてゆくことでしょう。

「わたしは戸口に立ってたたいている。わたしの声を聞いて戸を開ける者があれば、わたしは中に入ってその者と共に食事をするであろう。」(ヨハネ黙示録3:20) イエスさまの言葉です。イエスさまは今日も「貧しい人・助けを必要としている人」の姿の中で、わたしたちの心の扉をたたかれます。わたしたちは、どう応えることができるでしょうか?

こころ開いて、イエスさまを迎えられたらうれしいですね。

♪ 『宿屋のうた』(これもさんびか0722 柾野武張/作)
今もずっと イエスさまは
泊まるところを おさがしです
わたしたちも イエスさまを
こころ開いて 迎えましょう